建築家・代表取締役を務める「古後信二(コゴシンジ)」です。
大分大学大学院卒の建築家に出会った。
ASJ山口イベントでのひとこまだった。
前田君。
わたしよりも9歳下の33歳。独立して4年という事だから、29歳くらいでの独立だろうか。
研究室は私は佐藤ゼミだが、彼は鈴木ゼミ。
私が29歳で独立してからもうじき丸14年。
ようやく、同門の後輩が表舞台に出始めてきた。
広島のサポーズで修行し、兄弟の家の設計でデビュー。
いきなりINAXデザインコンテスト入賞という華々しいデビューだ。
しかし、その後、なかなか次のチャンスにめぐまれずにいるようだが、活路を見出そうとしているようだ。
ポテンシャルはある。あわてるな。追い風はくる。その風にのれるように準備をしておけ。
私の第一作は、グッドデザインノミネート、JIA優秀建築選。建築ジャーナル掲載。その程度であった。
デビュー作品でどれだけ飛躍できるか、が1人の建築家のポテンシャルをはかるひとつの目安である。
それが絶対ではない。遅咲きもある。
広島という強豪の地で苦闘する後輩にエールを送った。
君は10年にひとりの逸材である事は、ある意味、まちがいない、と。
後輩達のため、そして、大分大学の名にかけて奮闘してくれ、と。
大分大学という建築家教育において圧倒的マイノリティーな状況をどう、打破していくのか。
後輩を引き上げるどころではなく、芽をつぶしていく。
残念ながら、大分の建築業界は足のひっぱりあい。あかねこ根性。
大分はもうそんな伝統がある。
50代、60代、70代の建築家を見ていればわかる。
そして、大分を見限り、福岡や東京にシフトしていく実力者。
そういった構図がある。
大分だけかと思っていたが、広島でもそうらしい。
結局、日本国民の習性といっていいのだろう。
村社会。出るくいは叩かれる。
そんななか、出てきた一筋の光。
前田君には、広島の地において、大分大学卒業生、ここにあり、という所をみせてほしい。
そして、私も援軍として、広島において孤軍奮闘する彼になにかしてあげたい。
その奮闘を見て、大分大学の後輩達が続いて欲しい。
そのような気持ちになった。
大分大学のOBでこぞって応援しても成功は難しい昨今。卒業生はみな、そっぽをむいている。
高校OBの活発さにくらべると、なんとも貧相な交流状況だ。
なんとか、打破していかないといけない。
後輩がでてきてうれしいものだ。
そして、大分大学卒業の先輩方、後輩達のために、いっしょにもうひとふんばりしましょうや。
一生懸命、しらしんけん。
フロム オオイタ トゥー ザ ワールド、
粗にして野だが卑にあらず、
合掌、古後信二
